銀座千疋屋120周年

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創業

明治27年12月11日

初代:齋藤義政氏が千疋屋総本店からのれん分けを受ける。 銀座8丁目2番地に果物専門店「新橋千疋屋」を創業。 1階に果物売場、2階に果物食堂を新築。
当時は店の軒先に棚を作って果物を陳列する、八百屋さん的な形態でした。 フルーツパーラーの前身の果物食堂は、りんごを買ったお客様がその場で 丸かじりしていたのを店員が気の毒に思い、店先に椅子とテーブルを置い たのが始まりだといわれています。

創業当時の店舗

日本初の「果物食堂フルーツパーラー」を開業

大正2年

社屋新築、1階に果物売場、2階に日本初の「果物食堂フルーツパーラー」を開業

会社名を「銀座千疋屋」と改名

大正12年

初代:齋藤義政氏が千疋屋総本店からのれん分けを受ける。 銀座8丁目2番地に果物専門店「新橋千疋屋」を創業。 1階に果物売場、2階に果物食堂を新築。

当時は店の軒先に棚を作って果物を陳列する、八百屋さん的な形態でした。 フルーツパーラーの前身の果物食堂は、りんごを買ったお客様がその場で 丸かじりしていたのを店員が気の毒に思い、店先に椅子とテーブルを置い たのが始まりだといわれています。

1923年頃の店舗

竹久夢二先生へポスターやカタログ表紙絵を依頼

昭和元年

竹久夢二先生のポスターやカタログ

宮内庁御用達を拝命

昭和6年

翌年にはりんごの品種「スターキング」の苗をアメリカより一本だけ持ち帰り、青森のりんご園で大切に育ててもらい、初めて実った果実を宮内庁に献上。

1931年頃の店舗

「株式会社 銀座千疋屋」創立、「銀座千疋屋フルーツ」設立

昭和12年

銀座千疋屋農園

「ニュウ銀座千疋屋」を開設

昭和22年

銀座5丁目5番地に姉妹店として「ニュウ銀座千疋屋」を開設 「バラの花柄の包装紙」を齋藤義信(2代目齋藤義政の弟)が考案

2代目:齋藤義政氏は果物好きが高じて、みずから果物の研究をしたり、原木を探したり、それを趣味の水彩画にしたりし、本も残っています。 そして果物を愛するあまり、戦後、果物が無くなりかけた危機の際、自分で仕入れた果物を他の店に供給し、商品が無くならないように奔走したそうです。これがきっかけで「果物組合」を作りました。

ニュウ銀座千疋屋店舗

銀座8丁目本店新装オープン

昭和36年

鉄筋鉄骨コンクリート造、地下1地上5階建の店舗完成 地下レストラン、1階:果物売場、2階:フルーツパーラー

銀座千疋屋8丁目地下レストラン

京王百貨店新宿店に「銀座千疋屋新宿店」を開設

昭和39年

鉄筋鉄骨コンクリート造、地下1地上5階建の店舗完成 地下レストラン、1階:果物売場、2階:フルーツパーラー

斉藤義政(襲名前:慶一)家督相続し3代目となる

昭和52年

鉄筋鉄骨コンクリート造、地下1地上5階建の店舗完成 地下レストラン、1階:果物売場、2階:フルーツパーラー

銀座5丁目店舗を「ニュウ銀座千疋屋ビル」として新築

平成6年

創業100年を迎え、フルーツパーラーにてフルーツポンチ100円セールを行う

ニュウ銀座千疋屋ビル

銀座千疋屋8丁目と銀座千疋屋5丁目店舗を統合

平成11年

現在の「銀座千疋屋」本店としての営業を開始

銀座千疋屋本店

4代目斉藤充 業務を継承し代表取締役社長に就任

平成14年

現在の「銀座千疋屋」本店としての営業を開始

銀座千疋屋本店

銀座千疋屋ムック本を発売

平成24年

銀座千疋屋」初の公式ムック。高級フルーツの老舗に教わる、果物のおいしい見分け方や切り方、パーラーメニューのレシピなど、竹久夢二も愛した魅力が凝縮。

銀座千疋屋ムック本表紙

創業120周年へ

平成26年

創業120周年を迎えロゴマークデザイン、パッケージデザインの一部を変更。
WEBサイトリニューアルを行う。

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